「絵は日常を彩る家具」
画家・岡村芳樹さん インタビュー【前編】
Yoshiki Okamura Collection Special Interview
クリエイターの方々に作品制作の裏側をお聞きする“クリエイターインタビュー”シリーズ。今回は、鮮やかで力強い油絵アートを描く新進気鋭の画家・岡村芳樹さんが登場。岡村さんは、視覚の芸術に、温度や湿度、味覚を想起させるような仕掛けを組み込むことにより、絵画の機能を拡張することを目指した創作活動を行っています。
マークスとは、2024年の春手帳のデザインからごいっしょし、2025年の手帳でもコラボレーションを実施。そして、今秋には岡村さんの多様な筆跡と色彩を文具や雑貨に取り入れた「岡村芳樹コレクション」も発売します。
インタビューの前編では、岡村さんが絵を描き始めたルーツや制作への想い、絵を描いていくきっかけとなった作品のことなどを伺いました。また、現在販売中の手帳についてのお話も。
TEXT:小林千絵 PHOTO:柴崎まどか
きれいなペールトーンをどう作るか
──さっそくキャンバスを手に作品をつくり始めていらっしゃいますが、岡村さんの作品のつくり方から教えてもらってもよいでしょうか?
自分の絵は基本的に白を多用します。色には透明な色と不透明な色の2種類があって、自分は、透明ですごく強い色を白で中和することで色をつくるというところから始めます。
たとえば赤と青って、混ざると濁ってしまうんですが、白で中和することによってきれいになりますよね。白は、全部の色をすごくきれいにすることができる色。その中で、きれいなペールトーンをどうつくるか、というのが自分の絵の考え方の基礎です。
──画材は油絵の具ですか?
はい。油絵の具です。
──ペールトーンを基調にした手法を始めたのは、何がきっかけだったのでしょうか?
美術大学に進学したかったので、美術の予備校に通っていたんです。当たり前ですが、美術の予備校に通っている人たちは、みんなめちゃくちゃ絵が上手。通いながら絵を描いていく中で、自分は周りの人よりも「パレットがきれい」ということに気づいたんです。
だったら、そのきれいなパレットを保持してみようと思って。そこから今の絵柄につながり、色彩だけでどう見せていくかを考えながら描いていくようになりました。
北野武監督の映画がきっかけで、絵を描き始めた
──そもそも、美大に行きたいと思ったのはどうしてだったのでしょう?
初めて本気で絵を描こうと思ったのは、北野武監督の映画『HANA-BI』を見たときでした。『HANA-BI』は10代のころに見たのですが、起きていることは薄汚くても、北野監督の美意識で全部まとめているみたいなところが、すごくきれいで素敵だなと感じて。
そこから「自分は何ができるんだろう」「自分は何をきれいだと思うんだろう」と考え始め、絵を描くことに辿り着きました。
──『HANA-BI』は1998年の公開作品ですが、何がきっかけで『HANA-BI』を見たのでしょうか?
僕が通っていた中学・高校は、全寮制の厳しい学校で、インターネットもテレビもゲームもない環境で生活を送っていたんです。とはいえ、勉強も諦めてしまっていて……。
ただ、近所にTSUTAYAがあったのでよく足を運んでいて、ひたすら映画を見る生活を送っていました。当時のTSUTAYAでは旧作が5本1000円で借りられたので、その中で『HANA-BI』と出会いました。あのころは本当にいろんな映画を見ていたので、そこからどんどん趣味が広がっていき、自分の心を育ててくれたのだと思っています。
──そう過ごしていく中で、「自分には何ができるか」を突き詰めていったんですね。
毎日勉強ばかりで閉塞感のある空間にいたので、もしかしたら逃げ道を探していたのかもしれません。なので、そうではない価値観で生きてみたかった。たとえ勉強がうまくいかなかったからといって、人生が全部ダメになるわけではないなと。
──その結果、辿り着いたのが抽象画だったと。
そうですね。自分がきれいだと感じるものを、同じようにきれいだと感じる人がどこかにいるんじゃないかと思って。だから今も絵を描き続けているのだと思います。
SNSでの反響を受け、自分の表現の形に行き着いた
──予備校時代に、白を基調とした手法を得たとおっしゃっていましたが、その手法での作品に手応えを感じたタイミングや、この手法でいこうと決めたきっかけはありますか?
自分が絵を描いていくきっかけにもなった「Baby asleep」です。この作品で、明確に「自分がきれいだと思ったものが、人にも伝わるんだ」と感じるようになりました。
──「Baby asleep」は、2024年4月はじまりのマークス・ダイアリーのデザインにもなっていますね。
はい。「Baby asleep」は、大学を卒業するときに描いたのですが、絵をTwitter(現・X)にアップしたところ、予想以上の大きな反響があったんです。
自分はもともと、アメリカの大きな抽象画を描くジャクソン・ポロックやジェイク・バーホットなどの影響をすごく受けているのですが、そのSNSでの反響を受けて、今の自分の表現の形に行き着きました。そこから、日本の家庭に迎え入れられるようなサイズの「S0号」という、18センチ四方のキャンバスで描いていこうと決めたんです。
──日本の家庭に迎え入れやすいサイズ感という発想になったのはどうしてですか?
僕は、絵は日常を彩る家具だと思っています。だから、自分の絵を手帳とかスマホケース、ステッカーなどいろんなグッズにして販売しているんです。
絵画は、ハイエンドの価値のある演出が一番大事なので、グッズにして販売するなどの動きはアートギャラリーからしたら嫌がられることでもある。でも、情報に溢れた今の世の中で、絵を日常的に見ていただくことをどんどん楽しんでもらいたいと思っています。
──だからSNSでも作品を公開しているんですね。
そうですね。絵画としては、小さなコミュニティの中で見られることも大事なことかもしれない。でも僕はインターネットにも絵を上げ続け、それが誰かの心に刺さるということもすごく大事なことだと考えています。
手帳にはそれぞれの人生がある
──最初にマークスから手帳コラボの話を聞いたときはどのように感じましたか?
もともと知っていた会社さんだったので、お声がけいただいたときはすごくうれしかったです。自分ひとりで店舗を構えたり、通販をしたりするだけではどうしても限界があるので、マークスさんとの手帳コラボは自分の絵の流通をさらに広げてくれるんじゃないかと思って、お受けしました。
──実際、春の手帳では岡村さんのコラボ手帳がすごく好評だったそうですね。
そうなんですか! うれしいです。ありがとうございます。
──岡村さんはその反響をどのように感じ、どう受け止めていますか?
このギャラリーにも、かなりの人が手帳を持ってきてくれました。「岡村さんの手帳を使っているんです」と言って、書き込んでいる様を見せてくれたりして。手帳はその人その人の使い方、人生があるんだなと感じられて興味深かったですし、うれしかったです。
──手帳には、人生が表れると。
絵という媒体のみだと、どうしても届かないところってあるんです。こういうコラボレーションによって、届かないところにまでアクセスしてくれるということが自分にとってはすごく大事なこと。自分の力では行けないところまでマークスさんが手帳や文具という形で連れて行ってくれました。
──2025年の手帳に続き、秋にはマークスとコラボしてつくられた雑貨&文具の「岡村芳樹コレクション」も発売されますね。
これまでも、自分でスマホケースやステッカーをつくっていたんですけど、自分のギャラリーや流通だけでは、見てもらえるところに限りがあると感じていて……。
実は以前から、自分の描いた絵がロフトさんやハンズさんに置かれたらいいなと思っていたんです。だから今回のように、マークスさんとコラボレーションしてつくったノートやポーチが全国のロフトさんやハンズさんに置かれるということは本当にうれしいです。
プロフィール
岡村芳樹 Yoshiki Okamura
東京、京都、兵庫、プラハ、北海道を転々としながら生活。生活における視界から抽出された事象を等身大の大きさの中に込めることを画業の中心に据えて創作活動を展開。手の内に収まるテラリウムのように、触覚的な性質を多く持つ視覚の芸術に温度や湿度、味覚を想起させるような仕掛けを組み込むことにより、絵画の機能を拡張することを目指している。
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